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当会の理念や特色

私たちは、日本において、伝統的な中国内功武術「太極拳・秘宗拳・形意拳・八卦掌」を楽しみながら、体系的に稽古している会です。

中国武術には沢山の流派がありますが、そのなかでも、力を込めずに、身体を整えることにより、より高い身体性能を引き出すことを目的とした流派の総称を「内功武術」と呼びます。

悠久の歴史を誇る中国文明。その中でも一際、異彩を放つのが伝統の武術(功夫)といえます。人体の構造を窮めた先人が、代々研究を重ね伝えてきた、緻密で効果的な運動文化の精髄がそこには見られます。私たち姜氏門内功武術研究会では、先師 姜容樵(Jiang Rong Qiao ジャンロンチャオ)の伝えた心と技を、終焉の地 上海に於いて今日に伝える嫡伝継承者・鄒淑嫻(Zou Shu Xian ゾウスゥシェン)老師の入室徒児、伊与久誠博の指導で、楽しく、そして真剣に学んでいます。

会の目的

私たちの会は、民国時代の代表的名師 姜容樵(Jiang Rong Qiao ジャンロンチャオ)老師~鄒淑嫻(Zou Shu Xian ゾウスゥシェン)老師と伝えられた「天然之内功」を中心に、身体の仕組みや力の伝え方など、古から連綿と伝えられて来た「身体の知恵」を、研究・継承・普及してゆくことを目的とした活動をしています。伝統武術文化を楽しみ、理にかなった心と身体をつくり、生活を豊かに味わっています。

会の特色

私たちの会では、武術を体と用、即ち″体術″と″心法″とに分け、それらを補完させながら稽古を進めています。

″体術″はいわゆる「からだ使い」のことであり、動きの根本原理を指します。当門では手足の動き、身体の進退 (全動)は、全て体幹深部の(一動)より始まる、と考えています。この感覚を効果的に身につけるために、放松功、站樁(立禅)、順勢式などの基本訓練から入り、身体のセオリー(規矩)を身につけた後に、秘宗・形意・八卦・太極などの各拳法、武器術の内容に進みます。技の種類は膨大ですが、基本はどの技術も、同一の「理」で成り立っているのが当門の特徴だと言えます。この訓練は「天然之内功」を体得することを目標としています。

″心法″は、自分や大事な人の身を守る際に、どのような意識の持ち方で体を動かしたら安全か、相手を制圧する場合は、どのような手順が効果的か、という武術に於いて避けては通れない「戦略」「間合い」「呼吸」などの無形の要素を学びます。立禅をしたり、二人で組んで稽古したり、内功武術の「意味」を学ぶ重要な教程です。

身体を楽しむことを学ぶ

稽古が進むほどに、身体は無限の可能性を秘めており、それを掘り起こすのは、自らの精神(心意)であるということを実感することができます。当会の練習体系では、初歩から出来るだけ、自分の心身に備わった不思議な作用を実感し、興味を持ち、自ら訓練を積んでゆけるような指導を心掛けています。

盲目的に与えられたノルマを繰り返すうちに一握りの者だけが到達しうるというような、旧来の保守的な稽古法よりも、知的・体験的に納得した上での工夫こそが、時間的にも制限の多い、現代の私たちに相応しい上達法だと考え、採用しています。

生活哲学としての武術

昔ギリシアの哲人は、肌で天地を感じその運行の妙なる様を歎ずる心を持っていました。中国の先賢もまた、果てしない宇宙を仰ぎ、気息を通じることを以て人生の上善としたと言います。

一方、現代の私たちは、過熟した情報化により実感は薄れ、身心は観念に押し込められ、私たちの心身の「野性」は去勢による枯渇か、暴発か…というぎりぎりの選択を迫られるまでに追い詰められているように思えます。

今こそ、人間は自然に還る時節なのではないか、と切に思います。

私たちの中の言葉になる以前の野生に、天地の間に存在する順勢の法としての様式を与え、この場に居ながらにして内外の自然の息吹を自覚する―その優れた学びとして、内功武術は大きな可能性を秘めています。

心身ともに犠牲にしない―生活者の哲学として、身体の陰陽・進退を究めるということは、これまで以上に研究・活用される分野になると思います。

昇段・被評価により得られる充足感から、『知己』という満足感へ

教育の問題にも関わって来るのでしょうが、昨今は、他人から評価を受けないと満足を得られないように慣らされてしまっている方を多く見受けます。そのような意味で、段位や資格を持つことが、社会的にも自信につながるという心理は当然のことだと思います。しかし、考え方にもよりますが、これはあくまで一つの目安あり、それ以上の何物でもないことは、忘れてはならないことだと思います。段位を何段とってみても、評価されるというところから抜け出ていない場合は、さらなる評価を求めて行くしかありません。私たちの会では、学生、入門、入室の別はありますが、これは個々人が納得いく形で学びを続けてゆくためと、師伝の純粋性を保持するために、古くから採用されている体制であり、他律的な評価に根拠を置く、いわゆる段級制とは一線を画しています。

黙々と意味のある稽古を行い、時に同学と切磋し、自分の中に確固としたコンパス(規矩)を作り上げてゆく中で、自らが自らを、より健全に育てているという自覚を持てるならばそれはとても価値のあることだと思います。そんな自立した感性の一人一人の集うところ―これが私たちの目指す会の在り方です。



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